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11件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1981-05-07 第94回国会 参議院 運輸委員会 第9号

台風時には何百隻という船がワーッと来るわけですね。あるいは地震ということになりますと、これまた津波をよけるためには大阪湾あるいは東京湾では、特に東京湾はその心配があるわけでございますけれども、大変な予想外の船が停泊をするということが、これは一応予期しておかなきゃいけないと思うんです。

桑名義治

1972-11-10 第70回国会 参議院 交通安全対策特別委員会 第2号

原田立君 これでやめますけれども、実際私も飛行機をいろいろ、しばしば利用していますけれどもね、もうすぐこれから搭乗だというときにはもうワーッと黒山になってバタバタ入っていくわけですね、あわてふためいて入っていくわけですね。あのときに、警備のほうじゃないけれども、ちょろちょろ人が通られたら、幾ら精巧な探知機があったって見のがしちゃうだろうと、これはしろうと判断ですけれども、そう思うのです。

原田立

1971-07-22 第66回国会 参議院 予算委員会 第1号

それが選挙になったら、ワーッとこう出てくるような、ふだんは冬眠しているというふうな感じ公益法人が非常に多いということ非常に私は残念だと思う。  これは運輸大臣に伺いますが、人件費事業費との比率が特にいろいろな点があると思いますが、この黒住さんが許可した運行管理指導センター、あるいは自動車標板協会、あるいはトラック協会ですね、人件費事業費の割合はどうなっておりますか。

三木忠雄

1969-06-10 第61回国会 参議院 運輸委員会 第21号

木村さんは三つの問題点をあげられましたけれども、その中の一番最大のものは私はお客さんに対するサービスということであろう、お客さんに対するサービスが、少なくとも夜の夜中に銀座で遊んで帰るときに自動車がなかった、それが乗車拒車だと、そこまではめんどうを見切れなくても、女子供が安心していつでもタクシーに乗れると、こういうことであれば、もしそのときに上げさせてくれといったときにワーッ反対運動なんかは起きないものである

原田憲

1968-05-23 第58回国会 衆議院 沖縄及び北方問題等に関する特別委員会 第18号

そのあとは、当時の総務長官を先頭にして各省庁課長クラスワーッと行ってやったのです。たいへんな力を入れた。長期計画をつくるのだということでやった。しかしそれはどうですか、日の目を見なかったのですよ。六二年にもうすでにそういうことは一ぺんやったのです。しかし、結局それはわれわれのところにも、何べんも要求したけれども、これは出なかった。

川崎寛治

1968-05-22 第58回国会 参議院 産業公害及び交通対策特別委員会 第12号

私言っておるのは、事業場において施設をしておるその施設ですね、その施設そのものからワーッという音が出る、これを取り締まりの対象にするということをあなたおっしゃておると思うんですけれども、しかし、施設そのものから音が出ないけれども、その施設を使って事業活動をすることによって必然的にそこに大きな音が出る。

大倉精一

1968-05-22 第58回国会 参議院 産業公害及び交通対策特別委員会 第12号

そうすると総合してワーッと音が立っておるという場合に、何をはかるのか。たとえば特定施設が音を出しておれば特定施設をはかればいいんですね、特定ワーッというやつをはかればいい。そうでなくて、特定施設というものは音は出しておりますが、たいした音でない、必然的に総合的に騒音を出しているという場合に一体何をはかるのか、何を許容基準とするのか、これが一つの問題である。

大倉精一

1963-07-06 第43回国会 参議院 法務委員会 第24号

ワーッと声を上げたかもしれません。そうするとそのことをたてにして、これはけしからんというので、今度は多くの公安官を待機さしておったのをそこに介入させる。こういうようなことになりますというと、最近の労働問題に対するトラブルは、何か問題が一つちゃんと仕組まれたような感じがする。計画的な行為だということがあまりにも明らかではないかと思うんです。今度のやつはどうなんですか。

岩間正男

1956-04-19 第24回国会 衆議院 本会議 第35号

続く三宅氏がヒタイに青筋を立てて「憲法改正のための自民党の陰謀だ」ときめつけると、右側の一団が「ワーッワーッと妨害に出た。話がききとれない。演説中に聴衆がイザコザを起し一時総立ちとなった。島上氏は「政府の区割は自民党議員で国土を山わけする強盗行為だ」というと前列の招待席ではいきりたつた一人が勝手に演説をはじめる始末、興奮した聴衆は次第に舞台の左側から演壇の近くまで押出された。

高津正道

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